テンペスト





「祈りを捧げなさい、死の街におわす私たちの主に」
「祈ることなんてねぇよ」
「…せめて、楽に殺してもらえますように、とでも」
「……えげつねぇな、おまえ」

軽口の応酬。その間にも、両者の間には、刃の衝突による火花が散る。
両足に回転する鋸刃を発現させたギリコの連撃。
ジャスティンは唸る刃を皮一枚でかわし、雪上に着地する。
その頬を横切るようにして、裂傷が生まれる。
血が滲む傷口を指の腹で拭い、ジャスティンは不思議そうにギリコを見る。

「あなたのためを思って言ったのですが」
「そーゆーところが腹立つッ!」

額には青筋。言葉を発し終えるかどうかという時点でギリコは
雪を蹴り、相手に突進する。
両腕両足に発現した鋸刃が耳障りな音で回転している。

「攻撃が単調」

見慣れた突進攻撃に、ジャスティンは薄い笑みを浮かべた。
両腕に彼本体の一部であるギロチンの刃を発現させ、ギリコの隙を測る。

「よけるまでもねぇってか?どっちのアタマが単調か教えてやるよ」

ギリコの口元に嘲笑が広がる。
両足に宿る刃の止め具を操作し、素早くそれを体に纏う。
レーフ村で一度見せた戦闘体勢である。
しかし今回は、そこでは終わらない。刃の輪を右手で暫し回転させた後、
その遠心力を利用して、飛び道具代わりに用いたのだ。
刃は唸りを上げて、一直線にジャスティンへと迫る。

「!」

一瞬、刃をかわすため、軸足に力を入れたジャスティンであったが、
刃の輪のすぐ後ろには、ギリコ本体が迫っている。
どうよけたところで、ギリコの攻撃はかわせないだろう。
むしろ、回避後の対応如何によっては、致命傷を負いかねない。
即座に考えを巡らせ、ジャスティンはわずかに腰を落として、
刃の輪を可能な限り 回避しつつ、ギリコを迎え撃つという迎撃法を選んだ。

「……ぐっ」

激しい摩擦音、そして火花を散らしながら飛んできた鋸刃は、
ジャスティンの左肩の肉を浅からず削ぎとっていく。
ダメージを覚悟していたとはいえ、体勢は崩れる。
そこにギリコ本体が刃を繰り出した。
一撃、二撃、無事である右手で応戦を繰り返す。
だがついに、左足による蹴りをもろに受けてしまい、
ジャスティンは後方へと吹っ飛ばされる結果となった。
ジャスティンの背後には、群生する針葉樹。
衝突の際の衝撃を和らげるため、咄嗟に緩衝材として、
傷ついた左肩を幹に向ける。
もうもうと舞う雪煙の中、雪を踏みつける音がジャスティンに迫る。

「イヤホン、外したな」

雪煙の中から、勝ち誇った声がする。
声を追うようにして現れた顔は、戦闘によるものか、高揚に満ちていた。
ギリコに言われて初めて、イヤホンが胸に垂れていることに気づいた
ジャスティンは、コードとギリコを順に眺めて微笑む。

「丁度曲が終わったので」
「は…へらねぇ口だなァ?!」

ブチブチブチ…っと、傍から見ていて気持ちよいくらい、ギリコの額に
青筋が盛り上がる。ギリコは感情のまま、ジャスティンとの間合いを
大胆に詰めると、傷ついている左肩を掴んだ。

「……ツっ」

樹木との衝突による痺れは、ジャスティンの四肢をまだ蝕んでいる。
反撃どころか、抵抗すら難しい。ジャスティンはただ、その痛みに眉を寄せた。
眉間によった皺、そして伏し目がちとなったジャスティンの瞼が
僅かに震える。その様を上から眺めながら、ギリコは更に
傷口を抉るように、指をそこに潜り込ませる。
苛立ちが滲んでいた口元には、再び嘲笑が戻っていた。

「さて、祈れよ。せめて楽に殺してくださいってな」
「………」
「それか、助けてやってもいいぜ。…おまえが土下座して、
 俺の下につきたいってお願いするってんならな」
「………」

左腕の感覚は既に無い。
左膝の辺りから、じわじわと広がる赤黒い染みの様子から
出血量を推し量るばかりだ。
荒くなる息を抑えていたジャスティンの視界が、急に拓けた。
眼前に赤い髪の敵将の顔があることで、ジャスティンは自分の顎が
彼に捕われ、掴み上げられていることに気づいた。

「なあ、…ジャスティン」

呼気とともに吐き出された名前が、白くけぶっている。

「ギリコさん」

ギリコの指に力が篭る。
目の前の獲物が、自分の手に縋らないわけはない、
そういう自信にあふれた掌だ。
捕われたままの顎に不自由を感じつつ、ジャスティンは微笑む。
痺れが取れはじめた右腕を、そっと動かしながら。

「わたしはあなたの面倒をみようなんて思うほど、酔狂じゃあありません」
「てめぇ」
「ただの少しも、魅力を感じないわけではないけれど」

ジャスティンの笑みの端に、一瞬陰がよぎる。
だが、ギリコがその表情を見ることが出来たのは、ほんの一瞬だった。
だらりと落とされたままであったジャスティンの右腕に、
銀色の光が収束されていることに気づいたためだ。
ギリコは、反射的に上体をそらす。

「マジかよ…っ」

ジャスティンから手を離し、間合いを取ろうとして、次の瞬間大きく体勢を崩す。
彼の足元の雪は、血によって溶けだし、赤黒いぬかるみとなっていたのだ。

「法を守る銀の銃」

苦労して眼前まで引き上げた右腕から、銀色の光が広がっていく。
今度は、至近距離でデスサイズの威力を受けたギリコが吹っ飛ばされる番であった。
ギリコの落下地点には、木々が振り落とした雪が積もっている。
その雪だまりへ向け、歩を進めながら、ジャスティンは右腕を武器化させた。

「埋まるのは早いですよ。…まだ、ね」