言の葉





「お邪魔しても構いませんか。マカ=アルバーン」

病室の中央にすえられたベッドに横たわっていたマカは、
突然の来訪者に驚いて身を起こそうとした。
レーフ村から帰還して3日。
だが、身を起こすという行為は、
アラクネの糸を受けた体にはまだ難しい。
焦るマカを制して、来訪者は彼女のベッド脇のハンドルを操作して
背もたれを上げる。勿論、事前にマカの背を支えてやることも忘れない。

『あ、今日イヤホンしてない』

ギロチンを振るう腕と同一のそれとは思えないほど優しく、
丁重に、来訪者はマカを抱える。
その際に、彼の耳元が目に入り、
黒いコードが見当たらないことに気づく。

「ありがとう。ジャスティンさん。今日はイヤホンなしですね」

微笑むマカに、ジャスティンも笑い返す。

「さすがに、病室ではね」

のどかな昼下がり。
休憩時間ともなると、マカのもとには
彼女のパートナーである魔鎌ソウル=イーターをはじめ、
多くの友人が見舞いに訪れているものだが、授業時間である今は
吹き込む風以外に、彼女のそばにいるものはない。
本を読もうにも、手も動かない。
丁度退屈していたマカは、この期を逃すまいと、
ジャスティンに椅子を勧めた。
ベッドの下にしまいこまれていた椅子を引き出し、
マカと無理なく向き合える位置にそれを置くと、
ジャスティンはそこに腰掛けた。

「人事異動がありまして。先輩方は皆様ポストが決まったのですが、
 わたしは現段階では待機命令しか頂いていなくて。
 よければ、相手をしてくれませんか」
「勿論!わたしも退屈していたんです」

物怖じしないマカに、ジャスティンも微笑む。
それから、思い出したように付け加えた。

「そうそう、スピリット先輩は今までどおりデス・シティ詰めですよ。
良かったですね、マカ」
「えっ…、まぁ……」

嫌そうな顔を隠しきれないマカ。
ジャスティンはそれを見て、堪えきれずにくつくつ笑う。

「先輩、地方行きはいやだって言っておられたんですよ。
マカと離れるのがいやだって」
「わたしはせいせいするんだけどなぁ」
「肝心な相手には片思いですね、先輩は」
「ジャスティンさんも、浮気な身内がいたらわかります!」

むくれるマカ。その様子にまた、声を殺して笑うジャスティン。
すみません、と苦しげに謝罪するジャスティンを恨めしげに見、
マカはハイ、と、手を上げる代わりに小さな声を出す。

「質問、いいですか」
「ええ、どうぞ」

膝の上で手を組み、ジャスティンはマカのほうへ上体を傾ける。

「ジャスティンさんは、どうしてパートナーを持たなかったんですか?」
「さて」

先ほどとは打って変わって真剣な表情を浮かべるマカに、
ジャスティンは どう答えたものかと考えを巡らせる。
彼女にこの問いをさせた想いの核には、
あのソウル=イーターという少年がいるのだろう。
レーフ村で、悔しげに自分とギリコを見ていた。

「わたしは扱いにくかったようで、
 波長が合う相手がなかなか見つからなかった」

言葉のひとつたりとも、聞き逃すまいとするかのように、
マカは目を見張り、唇を閉じた。

「まあ、職人の皆様にとっても、ギロチン…、
ああ、わたしの本体はギロチンなんですが、
ギロチンなぞ具現されてもどう扱って良いのか
困惑の種だったでしょうね。
わたしも自分がどんな姿で使われるのか、
未だに想像できません。マカ、思いつきますか?」

ギロチンを前にあたふたする自分を想像したのか、
マカが僅かに 唇をゆるめた。

「ですから、波長のあう…しかも信頼できる相手と巡りあえたのは…
とても仕合せなことですよ。ソウル=イーターも
そう感じているはずです」
「でもソウルは、いつもひとりで強くなろうとする。
わたしを守ろうとして、  大事なことは全部隠してしまう」
「…パートナーを持たないわたしに、武器としての
ソウル=イーターの気持ちは分かりません」

俯くマカの手に、そっと自分のそれを重ねる。

「でも、人間として、大事な人を守りたいと思う気持ちは分かります。
マカ、人は感情に支配されるもの。
一度手放せないものを見つけてしまえば、
人は大切なものを失うまいと嘘をつき、自分を傷つける。
ソウル=イーターが彼自身をあなたから隠すのは、
あなたを失うことが怖いから。
わたしはそう思いますよ」
「そっか…。わたしも今、ジャスティンさんにした質問を…、
ソウルにするのが怖かった。
もしソウルがわたしをいらないって言ったらって…それが怖くて。
わたしもソウルに隠し事してる」
「…彼もあなたも、良い相手と出会いましたね」
「うっ…ありがとう…ジャスティンさんん〜……」

ぐずぐずと鼻をすすりだすマカの頭を撫でようとして思い直し、
軽く肩に触れる。

「すこし眠りなさい。あなたのパートナーが来たときに、
心から笑えるように」
「うっ…ひっく…は、はい…」

背もたれを元通りの水平に戻し、それから少しだけマカの姿勢を変えてやる。
わずかに右向きの体勢になったマカの背に、軽く枕を押し当て、
その姿勢を保たせる。

「さて、子守唄は、如何ですか?」