法の系譜


「ジャスティン君」
「はい、我が主よ」

白い白い空間の中に、ぽつりとひとつの大鏡。
その鏡面には、その部屋唯一の色彩とも言える…、
黒の装束に身を包んだ仮面の男が映っている。
男が鏡面に現れると同時に、ジャスティンと呼ばれた金の髪の少年は、
跪き、その両耳に収められていたイヤホンを外す。
スピーカーから微かに漏れ出す音も、手元の音源装置で完全に消し去った。
静寂、まさしくそれが満ちた部屋に、仮面の男の声だけが響く。
「君は、パートナーをつくらないのかい?先生が心配しているよ?」
死神武器専門機関、通称死武専。
仮面の男−死神を頂点に戴くこの組織は、全世界からひろく
魔女の魂と人間とでつくりだされた魔武器と、
彼ら武器を扱う職人候補生を集め、育てる機関である。
職人と武器、それぞれの目標はただひとつ−99の悪人の魂と、
1つの魔女の魂を武器に喰わせて、死神の武器デスサイズを作りあげること。
通常、デスサイズをつくるため、職人と武器はペアを組むことになっていた。
職人に比べ、身体能力が劣る場合が多い武器がデスサイズとなるためには、
自分を扱う職人の手が不可欠なのである。
そのため、候補生らは、入学と同時に、パートナーとなる武器あるいは職人を
見つけることに奔走する。より自分の適性に合った、パートナーを見つけ出す…
このことは、デスサイズを作るうえで重要なのだ。
しかし、今死神の前に跪く少年は、周りの様子なぞどこ吹く風、
担当教師がいくら言おうと、パートナーを探そうとしない。
一度は教師の言うことを容れて、パートナーを持ったこともあったが
その生徒との関係がご破算になってからは、
声をかけてくる職人の言葉も、教師の言葉も完全に無視しているという。
問題児を抱えてしまった教師が死神に泣きつき、少年−ジャスティンと
死神との面会が実現した、というわけである。

「ジャスティン君?」

ひょうきんな言葉調子だが、理由を聞かずには帰さない…、
そんな意思を伝える死神の声。
ジャスティンは胸に右手をあて、一度軽く礼をしたうえで
まっすぐに死神を見つめた。

「…パートナーを得る必要性が、私には理解できません」

恭順を示すように、胸に置いた手を、そっと持ち上げ、水平に伸ばす。
ジャスティンがその腕にちらと視線を向けると、
一瞬のうちに、白銀の刃がそこに生えた。

「このように、我が一族は、あなたの刃として系譜を繋いできました。
 身体能力とて、職人に劣るとは思わない。
 職人の存在は、私にとっては何の益ももたらさない。むしろ…」

淡々と流れる語り口調が、そこで僅かによどむ。
口に出しかけて、それが死武専への批判になりかねないとでも
考えたのだろうか。そんな少年の顔を眺め、
死神は仮面の下で溜息を吐いた。

「ジャスティン君」

ちょいちょい、と鏡の中から手招きされ、ジャスティンは暫し目を見張る。
それから、少し遠慮がちに、鏡の前へと歩を進めた。

「きみは良い武器だよ。でも、もうちょっと力をぬいてもいいんだよ」

ぽす、と後頭部に掌の感触を感じて、ジャスティンは顔を上げる。
つい先ほどまで、鏡に映っていた死神はそこになく、
慌てて振り向いた視線の先に、見慣れた黒装束があった。

「とはいえ今更、どうしようもないよねぇ…」

聞かせようとは思っていない、そんな言葉を添えて
ぽん、ぽん、と一定のリズムでもって、死神は少年の頭を撫で続ける。