頂上対決! 「久しぶりだな、フェニックス!」 平和そのものの聖域、ある日の昼下がり。 バターン、と勢い良くドアを開き、その穏やかな時間を終わらせたのは 丁度其処でくつろいでいた青銅5人が、極北の大地で 死闘を演じた神闘士の一人ζ星アルコルのバドであった。 懐かしくもあまり有り難くない客人に、皆一様驚きの表情を浮かべる。 其れもその筈、彼らがいる場所は、聖域内でも尤も堅固な教皇の間なのだ。 下には言わずと知れた黄金聖闘士の守る12宮がある。 だが、バドは汚れひとつ無い白銀の神闘衣を纏っており、 戦闘の形跡など微塵も伺えなかった。 それ以前に、今まで剣呑な小宇宙も感じえなかったのである。 「貴様…バド!!?」 度肝を抜かれて放心していた一同であったが 名指された一輝はいち早く我を取り戻し、闖入者を指さす。 その一輝を、見下ろし バドは高らかにこう、宣言した。 「アルコルのバド、極北の地よりおまえに決闘を挑みに来た!」 「はあ??」 クエッションマークをたっぷりと浮かべ、青銅らは首を捻る。 先の戦いでは、感謝されこそ恨まれる筋合いは無いはずだ。 「何を戯れ言を……」 「五月蠅い!戯れ言かどうか、己の胸に聞いてみろ!」 聞く耳を持たぬ、と言った様子でバドは さっと身を脇に寄せ、背後を示した。 彼の影になって見えなかったが、其処には 申し訳なさそうに立つシドの姿がある。 「えと……シドだよな。」 「うわっ、そっくり!」 「あのね…サガとカノンで慣れてるでしょ?うわあ、でも久しぶりだね!」 いきなり緊迫した雰囲気は、双子鑑賞会と挨拶の飛び交う和やかなものに変わる。 わいわいと二人を見比べ、あれこれ話し合う青銅組。 暫くはじっと黙っていたバドであったが、ついに 「……ッッうっとうしいわ!!」 と、声を上げた。 その尋常でない小宇宙にぴたりと口を噤む一同。 ふん、と頷き、咳払いしてバドは再び一輝に向き直った。 「さて…、フェニックス。」 身構える一輝に、バドは傍らのシドをぐいと引き寄せた。 「まずは礼を言う、フェニックス。お前のおかげで 俺とシドはこうして仲直りが出来た。しかしだ。 その恩もあえて忘れよう…俺とシドとの今後のために 貴様を倒す!!何が何でもな!!」 ビシッと指を刺され、一輝も勢いよく立ち上がり、負けずにバドを睨み付けた。 「どういうことだ?答えようによっては容赦せんぞ、バド!!」 「……ふ、そんなに聞きたければ聞かせてやろう…とある双子の物語をな。」 何処かで聞いた台詞回しで、バドの話は始まった。 「戦いを終え…いがみ合っていた双子は和解を果たし、 共に暮らすまでに仲良くなったのだ。 朝は弟がエプロン姿で起こしに来る、昼は共に仕事に励み、 夜は弟を美味しく…じゃない、 酒を片手に語り合う。まさに夢のような生活を送っていた……」 誰が聞いても惚気だと言うであろう内容を さらりと言い切ったバドだが、その時点で 一輝を除く青銅は皆リタイアして部屋の隅に逃げていた。 バドの腕の中に居たはずのシドも 顔を真っ赤にしてしゃがみ込んでいる。 完全に自分の世界に浸っているバドは それにも気付かず、話を続けていたのだが― 「だが、ある日弟の何気ない一言で兄の自信は打ち砕かれたのだ……」 ふっと遠い目になったかと思うと、再び一輝を指さす。 「分かるか、俺の辛さが!! それもこれも皆、シドにいらん意識を植え込んだ お前達の所為なのだ!!」 「何だと?!だいたい俺たちの兄弟愛+幻魔拳で 改心したのだろうが!何を言うか!!」 「……確かに、一時はそんなこともあった……しかし。 しかしだ。蘇生を果たした後、俺のシドがこう言うのだ。 『フェニックスほど弟おもいの者は、見たことがない』などと!!」 「……っっ!!」 「俺がこんなに愛しているのに…この我が儘子猫は まだ飽き足りぬようだ。……だから、シドが至上と信じる おまえたちの兄弟愛を打ち破り、 愛しいシドに如何に俺の愛が大きいかを認めさせてやるのだ!!」 「ふっ…そうならそうと早く言えば良いものを。 良かろう、その戦い受けてやる。 おまえらの付け焼き刃の兄弟愛など、 この俺が打ち崩してくれるわ!!」 めらめらと炎をバックに対立する両・兄。 因みに片方はとっくにハタチも越えた成人男性である。 「……どっちも…兄弟愛じゃないよな……」 大きなため息を吐くノーマルな一同。 瞬もそれに習ったあと、膝を抱えて 顔を伏せているシドをじろりと睨んだ。 「シド…貴方もなんでまたそんなこと……」 「ち、違う!!」 恥ずかしさの所為かうっすらと涙まで浮かべてシドはばっと顔を上げた。 「あの時は丁度思い出話をしていたから…私は何の気なく言ったんだ! それを…兄さんが、珍しく深読みして。」 俯くシドに、 『此処にも準・一輝がいたか……』 『い〜や、バドのが酷いぜ。 子猫とか言ってるあたり痛いにも程がある。』 小宇宙通信で会話しつつ心底から同情の念を送る一同だった。 「……あなたも苦労してるんですね、シド…」 「分かってくれるか、アンドロメダ……」 其れを余所にそっと手を取り合う弟ふたり。 「普段の兄さんにはほとほと困ってます。 恥ずかしいったら…でもま、そこが可愛いんだけどね。」 「私のところは普段はとても…頼りになるし、優しいんだがな。 一度思いこんだら話を聞いてくれなくて…この前なんて ジークフリートと遠乗りに行ったと言うだけで…… その……何もないと言ってるのに。」 弟同士、会話に花を咲かせるシドと瞬。 お互い大分鬱憤がたまっていたのか。 単なる惚気のようにも聞こえるが……ともかく 此方は此方で新たな友情(?)が芽生えたようだった。 そんな二組の兄弟を遠目に眺め、呆然とする健全な青少年3人。 その後ろで、重い音と共に扉が開いた。 「おや、まだ始まっていませんね。」 「なんだあ?じゃあもうちょっと菓子持ってくれば良かった!」 どやどやと入ってきたのは、下の宮を守る黄金聖闘士たちだった。 ムウ、アルデバラン、デスマスクにアイオリア、ミロ、そしてカノン。 どちらかといえば祭好きの部類に入る彼らは、それぞれ手に大きな袋を下げている。 「……何してんの?」 何となく嫌な予感に襲われながら、代表して星矢がピクニックシートを広げ始めた 先輩たちに訊ねた。 それには、要領よく残りの5人を使っていたムウが柔和な笑みで答える。 「何って…」 ほっそりした指でバドを指す。 「彼がね、一輝と果たし合いをしたいといらっしゃって。 理由を聞いたら面白いじゃないですか。暇だし、観戦しようかと。」 ふふふ、と笑うムウの後ろで他の駐留組もそうだそうだと頷いている。 「さて、そろそろですねえ。」 「ミロ、そっちのジンジャーエール取って。」 「あぁッ、そりゃ俺のイカだろ!!」 まるで子供のような黄金聖闘士たちを見て、青銅5人は深々とため息を吐いた。 話を纏めるに……バド来訪、理由を話す、面白がったこいつらがバドの通行を許可。 そして今に至るようである。 「どうしました?此処に座って構いませんよ。 早く入らないとクリスタルウォールを張りますからね…外は危ないですよ?」 この上なく親切なムウの言葉も、前のくだりが無ければ有り難いものだったろう。 だが振り返れば、バドと一輝双方が纏う闘気により 床や壁の一部にヒビが入り始めている。 釈然としないながらも我身には変えられず、星矢たちもシートに居場所を確保した。 ムウのクリスタルウォールが張られるやいなや、ふたつの小宇宙が 激しくぶつかり始める。 見る間に無惨な姿に変わっていく壮麗だった教皇の間と、のほほんと見物している 黄金聖闘士たちを交互に眺め、青銅組は一様に同じ予想を立てていた。 「…サガが帰ってきたら…俺たちもお仕置きかなぁ?」 緑なす黒髪が乱舞する様に首を竦めながら、彼らの選択肢は 目の前の馬鹿騒ぎに加わることしか無いのであった。 「シャドウヴァイキングタイガークロウ!!」 光速で繰り出されるバドの拳が、一輝の体にヒットし始める。 だが、一方で一輝の鳳翼天翔もまた確実にバドの体力を削っていた。 互いに荒い息を吐きながら対峙する兄二人。 愛しい弟がそれぞれ見守っているのだから、無様な敗北は許されないのだ。 「なんだかんだでいい勝負ですねぇ。」 熱いほうじ茶を啜りながら、おっとりとムウが微笑む。 そんなムウの前から煎餅を取り上げつつ、珍しい事にアイオリアが深く 頷き同意を示した。 「一輝も腕を上げているな。…むう、どちらも一度手合わせしてみたいものだ。」 「ああ、全く同感だ!」 アイオリアの意見にすばやく反応し、ミロも大きく頷いた。 「……つくづく筋肉馬鹿ですね。」 というムウの言葉は、幸運にもミロの声により引火する前にかき消されていた。 そんなこんなで表面上穏やかにギャラリーは意見を交換しあっている。 「兄さん!」 「兄上ッ!」 比較的お気楽なムードを引き裂く叫び声。 互いの最後の力とばかりに高めた小宇宙が二人の真ん中でぶつかり 激しい爆発を起したのだ。 「ちょっとムウ、これ解いて!」 思わず目を後ろに向けるムウ達に、何時にない荒々しさで 瞬が詰め寄って来た。クリスタルウォールが解除されるやいなや 途端にシドが倒れたバドに駆け寄った。 「兄上……」 壁に激突し、呻く兄を抱き起こす。そしてシドは何処からともなく ハンカチを取り出して、汚れた顔を拭い始めた。 「大丈夫だ。」 「でも。」 血が出ていますから、と真剣な顔で額の傷を押さえるシドの姿に バド同様熱い視線を向けている男が居た。 「もう、だらしないなあ!」 もう一人の当事者、一輝である。 シドとほぼ同時にスタートを切り、自分のもとに来た瞬はというと 倒れた彼を抱き起こしたまではいいが、手当をするどころか くどくどと文句を言い始めたのだ。 「しっかりしてよね、ある意味でも対決なんだから!」 頬を膨らませる瞬は確かに可愛いが、今の一輝には可愛らしさよりも シドの献身が羨ましかったのだ。結果、どうしても其方に目が行ってしまう。 それにいち早く気付いたバドが一輝を睨み付けた。 「俺のシドをじろじろ見るんじゃねえよ。」 流石の身のこなしで素早くシドをマントに包み込む。 狼狽える一輝を余所に、ぴくりと耳をそばだてたのは瞬だった。 「……ちょっと。聞き捨てならないね。 僕がいるのに兄さんがシドなんか見るわけないでしょ! 変な言いがかりつけないでくれる?」 「……ああ?シドなんか、だと? てめえ可憐で清楚で色っぽい俺のシドを 捕まえて、なんか、っつったか?」 「はっきり言いましたよ。はッ、可憐?清楚?ハタチ越えてそんなの ただのカマトトじゃない!」 両兄対決はいつの間にか対戦相手を変えての続行となった様子だ。 先ほどの比ではない小宇宙の高まりように、流石に良識人の範囲に引っかかる シドと、ギリギリの一輝から制止の声がかかる。 「あの、兄上…もういいですから帰りましょう。」 「瞬も……」 「黙ってて!」 「黙ってろ!」 この予想しなかった展開にギャラリーも俄然盛り上がりを見せた。 「おお、ついにバカップル決定戦か?!」 無責任に二人を煽るデスマスクがいれば、ムウも涼しい顔で 「恋人の名誉がかかってますからねぇ。」 と火に油を注ぐ。 聞いているのかいないのかは兎も角、兄弟対決はますますエスカレート していった。 「可愛いとか言ってるけど、シドってもう成人してるでしょう? 肩幅だって結構あるし、背も高いし、ぶっちゃけゴツイよ。 絶対僕のが可愛い!」 「寝言は寝て言え!…つーか寝言でも許さんがな。 これはスレンダーな美人って言うんだよ!見ろこの若木のような体ッ! それにこいつはしっかりしてるようで時々抜けてる。そのギャップが たまらんと近衛でも評判なんだぞ!」 片方は弁護というよりも自己主張なわけだが、バドの漏らした 真実にシドは複雑な顔をしている。 しかしゆっくり悩む間も無く、またしてもぐいと腕を引かれて 兄に抱きしめられてしまう。 「え?え?!」 「其処まで言うなら其処の奴らに聞いてみようじゃねぇか。」 「い〜よ。負けたら謝って貰うからね、バド!」 事態を飲み込めないままにギャラリー席に引きずられていくシド。 鼻息荒く歩く2人の後ろからは更に、いまや所在を失った一輝が 取りあえずといった様子で続く。 「さ、選んで下さい!どっちが可愛いか!」 ふんと胸を張る瞬は、完全に普段とキャラが違ってしまっている。 一部はそんな彼に困惑したか、びくびくとシドを選び また後が怖いと踏んだのか青銅は皆瞬を選んだ。 〜瞬派の意見〜 青銅「いえ、ホント勘弁して下さい;」 〜シド派の意見〜 ムウ「まあ、どちらかと言えばね。私としては生意気そうなお兄さんを可愛がって みたいんですけどねぇ。」 アルデバラン「あの、……その、」 カノン「可愛いし。さっき茶も煎れてくれたしな。」 デスマスク「ああ、可愛いな。悪戯してみてぇタイプだ。」 貴鬼「優しいよね!」 因みに一部は他に思うところがあるらしく、回答を避けた。 「って貴鬼、何時からいたんだよ?!」 ひょっこりとまさしく沸いて出た貴鬼に星矢が素っ頓狂な声を上げる。 ムウの足に半分隠れながら、貴鬼は頬を膨らませた。 「失礼だなあ。最初からいたよ!ムウ様に『この荷物(おつまみ類)を念動力を使って 教皇の間へ運ぶ修行』をしてもらいながら来たんだから!」 えっへんと胸を張る幼い子供の姿と、ですよねぇと笑うその師の姿は 微笑ましいとは言い難く。 誰もが自分なら一発で移動させられるだろう…というムウへのツッコミを 胸に秘めながら、結局誰も形にすることは出来なかった。 「老若男女通して人気の俺のシドが矢張り可愛いということだな!」 「ッ、…!」 勝ち誇るバドと肩を落とす瞬。 だがシドと一輝は喜ぶわけでも悲しむわけでもなく、ひたすら恥ずかしそうに 顔を伏せていた。 「まあ、勝負は勝負。謝って貰おうかアンドロメダ。……シドに。」 「兄上、もういいですから帰りましょう。」 瞬を気遣ってか、二人の間に割ってはいるシド。 つくづく気だての良い奴…と、バドはそんな弟を抱きしめた。 「これでおまえも俺が一番だと分ったよな?」 「分りました。…分りましたから。」 だから離れて、と一応の良識人であるシドは周りの視線を気にして 兄の胸を押す。そんな反応も可愛くてたまらないとばかりにバドはますます腕に 力を込めた。本人達がどうあれ、いちゃついているようにしか見えないのが現実。 他人の惚気は勘弁ですね、とムウが呟く横で、床に膝をついていた瞬が がばりと顔を上げる。 「……っ、何さ、籍も入ってないクセに!」 「はい?!」 いきなりの発言にさしもの黄金組も目を丸くした。 「籍って…おまえ;」 そんなわけないだろう、とお人好し部類に入るアルデバランが 瞬の肩を叩くが、それを振り払って瞬は一輝に駆け寄った。 「僕はちゃんと兄さんと籍入れてるよ!」 「……マジですか?」 目を剥く一同を余所に、ねっvと兄の腕に縋る瞬。 やがて注目が一輝に移ると、彼はため息と共に 「……兄弟だ。籍入ってて当然だろう。」 と重苦しい声で答えた。 「ああ……」 当然といえば当然すぎる内容に皆が脱力する中 北欧の双子は依然立ちすくんでいる。 「兄上ッ……」 いきなり目を潤ませるシドを抱きしめ、バドは瞬を睨み付けた。 「てめぇよくも…当てつけか?!」 「それ以外の何に聞こえるんです?」 戦況はまたもとの膠着状態に立ち戻り、状況を把握し切れていない 黄金聖闘士には代表して一輝が説明する。 その内容をかいつまんで言えば、 双子の祖国アスガルドでは、家を滅ぼすものとして双子を忌み もし生まれた場合はその片方を殺すことになっている。 そしてバドは赤子の身で慣習に従い捨てられた者であり、 彼の養父の籍に入っているため兄弟であれ書類上は他人なのだ。 ……というもの。 「ごめんなさい、兄上……」 トラウマを抉られ、はらはらと涙を零すシドと必死で弟を宥めるバド。 だが一向に泣きやまない弟の姿に、彼はかつて一輝と対峙した時 以上の憎悪に身をたぎらせて彼らを見据えた。 「貴様…よくも俺のシドを!」 「ホントの事言っただけじゃない!ね、兄さんv」 反論しながらも瞬はちゃっかりと一輝の影に隠れている。 「ああもう知らん!……鳳翼天翔!!」 「どけフェニックス!シャドウヴァイキングタイガークロウ!!」 こうして教皇の間は再び轟音に満たされた。 聖域に平和が戻る日はまだ遠い…… |